2011年8月8日月曜日

♯004 え <エンドロール/えんどろーる>


全てのTV番組では、必ず最後に「エンドロール」が流れる。

スタッフの肩書き、名前そして取材協力者(社)など、番組に携わった人の名前をクレジットするものである。
この業界で仕事をする以前…
子供の時などは、知らない大人の名前が流れて行くだけで、ただの風景だという認識しかなかったのだが、現在、実家を離れて暮らす自分にとっては親への「無事の知らせ」みたいなものだと思っており、福岡で暮らす親はそれはそれで嬉しかったりするらしい。
番組だけに関わらず雑誌は巻末に記載されてたり、形は違えど大抵は人の作る物にクレジットがあると思う。

制作者や協力者を最後に表記するもの。それがエンドロール。

ADである自分は番組を制作する際に、テロップを入れる作業と同時にこのエンドロールを入れる作業を行う。人名や社名に関わることでスポンサーの問題もあり、必ずプロデューサーに事前に確認してもらう事が決まりになっている。

先日こんな話を聞いた。
「△△は反原発運動をしているから、来週分からはエンドロールから外すように」オトナが吐き捨てたその言葉に血の気が引いた。
どういった立場のからの「決定」かは分からないが一気に嫌な気分になった。
仮にオトナの判断が「原発反対の姿勢に頷けないから外す」という意思を持った措置なら理解出来る。
しかし、どうせその会社が「原発賛成」という運動を行なっていても、エンドロールから消すだろう。

角が立たないように。
そしてどこからも文句が出ないように。

出る杭は叩き、どこからみても非は無い様に整地する。
いつからテレビはこんなことになってしまったんだろう。
意見を持ち、意思を示すと迫害され、隠される。
消されるよりタチが悪い場合もある。

先日のフジテレビ批判による俳優の事務所解雇もいい例だ。
メディアを取り巻く環境に、余裕が無さすぎるのは何でだろう。
この根源は、不景気による予算不足だけじゃ無いような気がする。
こんな小さい国の中で、みんなで足を引っ張り合った挙げ句、もし将来的にTV番組が消えるときがあるとすれば…

最後のエンドロールはどんなものになるだろう。
誰もが乗るのを嫌がって、拒絶するようなものになってなきゃいいけど。

TV番組全体が、ただの風景になるのは絶対に食い止めなければいけない。

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