2011年8月15日月曜日

♯007 か <蚊/か>


前回の6回目の更新で「あ行」が終わり、今回から「か行」
何となく1000文字以内(雑誌の1P目安)で収めたいのだが、中々に難しい。
しかし、割と読んでくれてる人もいるようなので頑張って続けたい。

今回は「蚊」について書こう。

 自分は蚊が嫌いである。というか、好きな人などいないのだが、本当に嫌いだ。
いなくなればいいのに。蚊なんていなくなればいいのに。

これを打っている瞬間も、実は太もも辺りが痒い。ムヒが手放せない。
間違ってキーボードにムヒを塗ってしまいそう。ふふ。冗談よ。

それにしても、ムヒって良く出来てるなと思う。
蚊がいなくなったら、やはりメーカーの人は困ったりするだろうな。
もしかしたら、蚊を発明した人は、ムヒの発明した人と同じ人だったりして。

 今ぐらいの季節、学生のころ、よく公園でビールをよく飲んでいた。
アサヒの「ぐびなま」が発売された時期で、学生には嬉しい、安くておいしい発泡酒だった。時にはフライドチキンを合わせて買ったりするとそれはそれはたまらなく、夏の夕方に一杯。ド即席のビアガーデン。

室内で飲むときと違い、開放感も手伝う。
日の暮れてしまわない内に2、3本流し込む事もあった。
そして、代謝が良くなった身体は蚊にとって格好の標的になり、みるみるうちに、蚊の餌食になる。そして痒くなる。

右手はビール、左手に幹部といった具合。
ひどくなれば右手は幹部、左手は幹部。いわゆるヨシダスタイル。

それにしても、あいつらのどん欲さはすごい。
何と自分の体重以上の血を吸う事もあるらしい。
年中ビアガーデン状態のやつらは、飲む為だけに生きている。
まさしく中毒者、ジャンキー。ろくでもない。2、3週間の命の間、一生中毒者。
卑下するような書き方をしているのに、その排他的な生き様になんとなくかっこ良く感じてしまった。それもムカつく。
いつか、血と間違ってコーラを飲んでしまい爆発すればいいのに。
初めて家族で行った花火も、やたら虫に刺された事を覚えてる。
なんだ、蚊の分際で思い出を運んで来てくれやがった。
刺された蚊の子孫が、世代を超えて再び自分を刺しにくるなんてあるのだろうか。

何だか気恥ずかしい文章になってしまった。
変なものを運んで来やがる。蚊のせいにしよう。
もうすぐ1000文字になってしまうのに、取り留めも無い文章になってしまった。少しは蚊の事を考えたら、好きになるかなと思ったけどそんなことはない。
もう1000文字。まとめます。僕は一生蚊が嫌い。

一言。バ蚊やろう。



2011年8月12日金曜日

♯006 お <叔父さん/おじさん> 後半




前回のブログはこちら


<後半>
主題歌になったら、ヒットが必ず約束されるというTBSのドラマからオファーが舞い込んで来た叔父さんのバンドだったが、実はオファーがあったのはそのバンド1組だけでなかった。もう1組。

それが… 大友康平率いるHOUND DOGだった。
結果、どちらがそのチャンスをモノにしたのかは言うまでもない。

叔父さんたちは掴む事が出来なかった。
その後、HOUND DOGは売れに売れ武道館を一杯にするバンドに。

そこから叔父さん達のバンドは下降の一途をたどり、、、、
あっという間に表舞台から消えてしまった。

バンドは解散。叔父さんはギターを置いた。

叔父さんは言った。
「とりあえず自分たちは、バンドをプロデュースするのがヘタだった」
「腕は誰にも負けないという自信はあったけどダメだった」と。
叔父さんは笑って話してくれたが、聞いててとても切なかった。

燃え尽きる事は出来たのだろうか。

—4年くらい前に福岡に帰った時に叔父さんはギターをくれた。
今は亡き、フェンダージャパンのテレキャスター。

スコアを買って一時は練習したりしてみたけど、
徐々に触れる機会は減り、いつの間にか置き場所を求めるインテリアになってしまった。
「似たような事をやるやつは多い。そこからどう抜きんでるかはとにかくアイディアだ」「とにかく人と違うやり方でやれ」

先日の酒の席では「自分が今やりたいこと、今思っていること」などを伝えた。
叔父さんは否定もしないけど肯定もしない。じっと話を聞いてくれた。

かけてくれた言葉は、「とりあえず好きな事をやれ」「アイディアを常に持て」
この2つの言葉は一層に強く信じ続けようと思う。

叔父さんは最後の一杯を飲み干す前に、現在仲間達とバンドをやってることを教えてくれた。
今はとにかく大好きなローリングストーンズやザ・フーの曲をカバーしてるのがたまらなく楽しいようだ。

その目は間違いなく輝いてる、そして燃えてる。

叔父さんと飲んだ翌日、東京の高円寺の自宅に戻った夜、
電気を付けたらインテリアだったホコリを冠ったギターと目が合った。

エールを鳴らしてくれているような気がする。

「好きな事をやれ」 「アイディアを持て」

明日もがんばろう。


2011年8月10日水曜日

♯005 お <叔父さん/おじさん>


先日東京から福岡に帰省した時に、母の弟である叔父さんと飲む機会があった。
僕は今年58歳を迎えるこの叔父さんの事がとても大好きである。

この叔父さんと飲むというのが、福岡に帰る理由の1つになっている。

現在は国家資格を取得し、自分の事務所を構え、かなり立派に仕事をされているのだが、若い頃は僕の母である「姉」や僕のおばあちゃんである「母」のことを
それはそれは大変困らせたらしい。

まずは「高校生の時の家出事件」

当時ギターが大好きだった叔父さんは、仲間達計3人で当時音楽の聖地 京都に家出したという。

「京都でブルースをやりたかったから」
この動機にはそれ以上の理由なんてきっとない。

今から40年以上前、1968年くらいの時の出来事。
海の向こうではマシュルームカットのお兄さんたちが「♪Let it Be(なすがままに〜)」とか歌ってた時代。

当然、福岡の実家は大騒ぎになり父親は教師ということもあり(かなり怖かったらしい)即座に警察に通報し、姉と母が捜索願を届けた。

どのくらいの期間、家出したか分からないが「高校生ブルースバンド」はすぐに警察に保護。
しかし泊める場所がないということで、警察はとんでもない行動に出る。
何と未成年、高校生である子供達を留置所の檻の中に入れられたらしい…
現在じゃとても考えられない…

迎えに行った姉(僕の母)は当時のことを「心臓が止まるかと思った」と振り返る。
向かいにはヤクザがいて「兄ちゃん達、なにやったんや」とドスの利いた声で聞いてきたのが、「未だに怖く忘れられない」なんて叔父さんは笑って話してくれた。

しかし、そんな痛い目にあっても叔父さんは、ギターが好きで好きでたまらなく、
大学進学を機に仲間と上京。そして予定通り大学は早々に辞めバンドに傾倒。
(※当時、叔父さんにとっての心の師匠はドアーズのジム=モリソン)

そして実家ではまたも行方不明扱い…

バンド活動は続き、当時はモッズやロッカーズ、シーナ&ザ・ロケッツなんかとも仲が良くて、僕が好きなバンドの1つブルーハーツとも対バンしたことがあるらしい。

僕が知りうる限り、ヒロトはインタビューで「普段着のままステージに出る」って言ってたけど、叔父さんは「ブルーハーツの連中は本番になると着替えだす」って飲んでる時笑って言ってた。
バンド自体は調子が良く、柳葉敏郎のデビューシングルに楽曲提供したり、ある程度ファンもいてバンドは勢いがあった。

「一生音楽で食っていける」バンドメンバーみんながそう思ってた。

そして、バンドに転機が訪れた。
当時、主題歌になったらヒットが必ず約束されるというTBSのドラマからオファーが舞い込んで来たのだ。 


<後半に続く>



2011年8月8日月曜日

♯004 え <エンドロール/えんどろーる>


全てのTV番組では、必ず最後に「エンドロール」が流れる。

スタッフの肩書き、名前そして取材協力者(社)など、番組に携わった人の名前をクレジットするものである。
この業界で仕事をする以前…
子供の時などは、知らない大人の名前が流れて行くだけで、ただの風景だという認識しかなかったのだが、現在、実家を離れて暮らす自分にとっては親への「無事の知らせ」みたいなものだと思っており、福岡で暮らす親はそれはそれで嬉しかったりするらしい。
番組だけに関わらず雑誌は巻末に記載されてたり、形は違えど大抵は人の作る物にクレジットがあると思う。

制作者や協力者を最後に表記するもの。それがエンドロール。

ADである自分は番組を制作する際に、テロップを入れる作業と同時にこのエンドロールを入れる作業を行う。人名や社名に関わることでスポンサーの問題もあり、必ずプロデューサーに事前に確認してもらう事が決まりになっている。

先日こんな話を聞いた。
「△△は反原発運動をしているから、来週分からはエンドロールから外すように」オトナが吐き捨てたその言葉に血の気が引いた。
どういった立場のからの「決定」かは分からないが一気に嫌な気分になった。
仮にオトナの判断が「原発反対の姿勢に頷けないから外す」という意思を持った措置なら理解出来る。
しかし、どうせその会社が「原発賛成」という運動を行なっていても、エンドロールから消すだろう。

角が立たないように。
そしてどこからも文句が出ないように。

出る杭は叩き、どこからみても非は無い様に整地する。
いつからテレビはこんなことになってしまったんだろう。
意見を持ち、意思を示すと迫害され、隠される。
消されるよりタチが悪い場合もある。

先日のフジテレビ批判による俳優の事務所解雇もいい例だ。
メディアを取り巻く環境に、余裕が無さすぎるのは何でだろう。
この根源は、不景気による予算不足だけじゃ無いような気がする。
こんな小さい国の中で、みんなで足を引っ張り合った挙げ句、もし将来的にTV番組が消えるときがあるとすれば…

最後のエンドロールはどんなものになるだろう。
誰もが乗るのを嫌がって、拒絶するようなものになってなきゃいいけど。

TV番組全体が、ただの風景になるのは絶対に食い止めなければいけない。

2011年8月3日水曜日

♯003 う <ウッチー/うっちー>

TVの業界で働く為に上京して、間もなく3年が経つ。
かつて、自分は大阪の専門学校に通っていて、その当時の仲間は、今やほとんどTVの業界ではなく別の道に進んでいる。
その中で唯一、同期の内田君は現在フジテレビの某番組でADとして頑張っている。今回はそのウッチーこと内田君の事を書く。

ウッチーは一言で言うとデブだ。
デブ。DEBU

甘いものは嫌いだがデブ。
でもガムは好き。デブだ。

大概の人は、彼を一目見たらデブだと脳に信号を送る。

デブの明確な基準は無いが、まだ生後間もない赤ん坊が彼を見ても「デブだ」と言葉を放つし、今、この文章を読めるほどの視力をお持ちのあなたならきっと、2500mほどの距離であれば、彼を視界に捉えるとデブと認識出来る。
そのくらいのデブ。俗にいうデブなのだ。he is the fat man
しかし、その愛くるしい風貌に加え人柄もいいものだから、
仲間内(※男限定)には大層な人気がある。

とにかくデブをネタにしてもキレない。優しい漢なのだ。

ADというのは上司であるディレクターにボロクソ言われることも多く、
自分みたいな器の小さい男は、よくムカついているがウッチーは違う。
怒らない。

以前ウッチーにこんなことがあった。
バラエティー番組のロケで「とある芸人」を密着するという企画で、
ADの手違いで芸人を1人でラブホテルに宿泊させてしまうことになる。
その結果、芸人は1人さびしくラブホで過ごして朝を迎えるという台本。

オチの部分である、芸人が1人ラブホで朝を迎えるというシーンの撮影を任されたウッチーは時間経過が分かる様に夜中、朝焼け両方のシーンでホテルの窓際にたたずむ芸人の撮影に、「ホテルを挟んだ向いの路上」からトライしたのだが、その夜中に事件は起きた。
ラブホテルの前で三脚を立てレンズを覗き窓際を追うウッチーに背後から、、
「おい、何をしてるんだ!」の声。

そう警察官の登場だ。
「番組の名前を出すわけにはいかない」と思ったウッチーは間髪入れず

ウ「イヤ、何もないスよ」
警「そんなわけないだろう!そのカメラは何だ」
ウ「何もナイッスて」
警「いいから見せなさい」
ウ「……」

押収されるカメラとテープ。その場で再生、プレビュー。
…そこには窓にズームしたり、パンしたりと必要以上に何か意図が見えるカメラワーク。

増える疑惑に震えるデブ。

「終わった」と思ったに違いない。
しかし警察は続ける。
警「君、素人じゃないだろ。許可は取ってるのか?これは盗撮といって、、、」

容赦ない国家権力に完璧な物証を挙げられ、言い返さないデブ。

その後、ウッチーは前足に手錠をかけられ文字通りブタ箱に連行。

ポケットではディレクターから経過を尋ねる電話が鳴り響く。出れるはずも無い。
署に着き事情徴収が始まり、責任感からか身元を明かさず、ただひたすら場が収束する事を願うデブ。
しかし国家権力は犯罪者(?)にはキツく、彼の持ち物からヒントを得て実家へTEL。そこでようやくテレビ番組を制作していることが分かり、何とか便宜を図ってもらい釈放されたウッチー。だがその時には既に日は昇り朝10時。

そこにディレクターの電話。
さあすがに心配した様子で「何かあったのか?」と聞いてくる
「いや実は××が××で、、、」と事情を説明する。

そこでディレクターが一言「それはお前大変だったな、、、で、朝焼けは?」

ウッチはーは怒らない。
この状況で怒らないウッチー。ただのデブじゃないことが窺い知れよう。


そんなウッチーに一度「キレたことはないの?」と聞いた事がある。
その時に彼はこう答えた。
『昔さ、風邪をこじらせ病院に行ったんスよ。そしたら医者からは「とにかく甘い物を控えなさい」とかってさ!いや、俺甘いの苦手なんだから食わないっつてんだよ!!あん時はキレたっすわ』

これからもがんばろうぜ☆ ウッチー!

2011年7月26日火曜日

♯002 い <岩井俊二/いわいしゅんじ>



初めて触れた映画監督/岩井俊二の作品は「リリイ・シュシュのすべて」だった。
4年前、友人に勧められ、自宅で夜更かしをツマミに見たのだが、見終わった後にズシンと残るものがあった。「得た」というより「削られた」感覚。今でも覚えてる。

ホラーでもないのに背筋は寒く、朝になるのさえ怖くなるほど心臓がバクバクとなりやまない。岩井監督が「遺作を選ぶとしたらコレ」と挙げた血肉の一作。

この映画に「見透かされ」虜にされた自分は、岩井映画の「乾いた情熱」みたいな青臭さをむき出す魅力に心を奪われてたくさんの作品を見た。
「打ち上げ花火下から見るか、横から見るか?」「undo」「花とアリス」
Picnic」「四月物語」「虹の女神」そして渋谷のシネセゾン(?)見た「スワロウテイル」どれもが好きな映画の1つに挙げられる。
生々しさを感じるハンディでのカメラワークに、時には場違いなライティング(リリィシュシュ/少年達が田んぼのあぜ道を自転車で走る所)など、当時、映像の学校に通っていた自分の物差しでは測れない大変な刺激となった。
かの岡本太郎は「人生は積み重ねていくものでなく、そぎ落としていくものだ」という言葉を残したが岩井作品にはどこか通じるものがあるように感じる。
自分には無い物を与えてくれるような映画ではなく、自分にあるイヤな所を刺激してくるような感じ。足し算でなく引き算の映画。
先日、岩井監督の「トラッシュ・バスケット・シアター」という「スワロウテイル」を撮っていた時のエッセイを入手し、読んでみたが余りにも好きな映画の話がマニアックすぎて吹いた。邦画史上初パソコン(Avidと呼ばれる編集ソフト)で映画を編集した人ということを知り驚いた。
今となっては当たり前になったそのシステムをいち早く導入しているのだからやはり「見透かす目」はある方なのだろう。
現在、仙台出身である監督は初期作品である映画「打ち上げ花火下から見るか、横から見るか?」を無料公開されている。
冒頭はやはり「昔のTVだな」という印象を受けるのだろうが後半のプールのシーンはぜひ見て頂きたい。奇麗だという言葉を使うのが汚く見えるほどの映像美に圧倒される。
仙台出身の岩井監督が311を受け、花火大会の中止など夏を失ってしまった人たちへのエールを込め無料配信を決めたという。
引き算だけじゃない、時には映画はかけ算にだってなる。

出た答えが+じゃ無かったとして別に不正解ということなどないのだ。ないのであーる。

2011年7月17日日曜日

♯001 あ <iPhone/あいふぉん>

故・中島らもさんの「しりとりえっせい」という「しりとりでお題を決めてエッセイ」という本が面白かったので自分もやりたくなったのでやってみることにする。(というか、これがやりたくてブログを作った)

001 あ <iPhone
初めてのiPhone GSを手にしたのは今から1年半前である2010年の1月だった。
大人のおもちゃとは良く言ったもので暇という暇をつぶしてくれ、あっという間に肌身を離せないものとなった。
去年の夏、広島県尾道市でリフォーム中の屋根の上から、誤って落としてしまい
野良猫のおしっこに見事着水させて壊してしまった時を除けばずっと所持していることになる。
Appleの凄さってやっぱり気付く前にサービスを提供するところだ。
自分がMDウォークマンをガチャガチャしてる頃 ipodを持っている人へのあこがれ感、未来感は凄かった。まずiPodは開かないから。開かないからね。
自分がMDウォークマンを持っている頃は別にカセットウォークマンを持っている人からの尊敬のまなざしは全くなかった。
iPhoneを持つ事によってまずデジカメが不必要となった。
もう写真はシチュエーションを準備し、構図がキマっていれば後でどうとでもなるくらいの時代になっていると感じる。
あと人に見せる前にどんだけフリを付けるか。

個人的には、今年の秋には新型のものが出るらしいが、今後はどのような機能が加えられていくのか興味がある。防水機能やバッテリーの充電不要のモデルはもちろん、航空機/映画館に入ると自動的にマナーモード(電源OFF)などは実用化が検討されているかもしれない。夏には虫除け、冬にはカイロの様に発熱するものが出てくるかもしれない。
そんな中、個人的にぜひ付いて欲しい機能ベスト6位は本体が伸縮可能で靴べらとしても使えるようにトランスフォームする機能だ。もしくは床に置いたiPhoneの周りをグルグル回ると「oioi !」と合いの手を入れてくれる機能。
きっと愉快に違いない。
2カ月前銀座のアップルストアにiPhoneの第2回3分映画際という
iPhoneのカメラで撮影したイベントがあり行ってみたらえらく刺激を受けた。

主催者の方が第三回も必ずと言っていたのでぜひとも自分の作を撮って出したいと思う。なんとなく扱うテーマも決まってて不必要となりつつある「公衆電話」を登場させたいと考え中。
きっと学生の時にiPhoneを手に取ってたら勉強なんか手に付かなかっただろうな。
それほど虜にされてしまった。「未来は僕らの手の中」の正体は電話だったのか。

♯000 当ブログでは、冷やし中華が始まりません。

友人の書くブログに刺激を受け、本日から始めることにした。
まずは、その刺激をくれた友人に感謝を。
敬意を表して彼以上の頻度で書くことを目指そうと思う。

とりあえず「それゆけ!! すっぴん団」というタイトルにしてみた。
この「すっぴん」という単語は最近頭の中で度々点滅しており、
何となくコンセプトになりやすいと思って採用。
「それゆけ」という言葉は前向きさが感じられる理由といえば簡単だが、
本音は違う。ぜんぜん違う。
何となくポップさを出す事によって異性への「かわいいアピール」となればいいと思ったからだ。
ここでイケメンなら「行こうぜ」とか「H-W-G!(※Here We Goの略)」とか
手を差し伸べたりする雰囲気の言葉を選ぶのだろうが、
自分には何とも似合わない。

所詮、自己満足で始めたブログなので、活字を言いっぱなす無責任具合を尊重し「それゆけ」という言葉を頭に持って来た。
「団」については、世界中のどこかに自分にシンパシーを感じてくれる人がいるのではないかというアツい思って付けた。

…否、虚勢である。一人だと実に寂しいのだ。

「すっぴん」という言葉を扱うにあたり、色々調べてみたら(※そうだ。いわゆるネットサーフィンだ。)下記のような記述があった。

>(以下コピペ)
人類史上最も古い《化粧品》は、エジプトの初期(BC.3100BC.2907)の墓から見つかっています。古代エジプトの女性たちは香油(棕櫚、オリーヴ、クルミなどの植物性のオイルに香草を混ぜたもの)を、太陽光から肌を保護して保湿と老化防止の効果を与えるために使っていました。

女性たちは目のまわりや眉を黒く染めて強調することも好みました。

目をパッチリと美しく見せるためのものだったのでしょうが、他にも強い日射しの照りかえしを和らげるためとも、信仰的な理由であったともいわれています。


現代から約5000年前であるが、今とほとんど同じ用途で化粧を行なっているのだから凄い。(てか5000年前に肌の保湿とかいう発想があるわけねーだろ。)
ちなみに個人的に女性のすっぴんベストはYUKIである。

それにしても現代は化粧は女性だけのもので無くなった。
それは決して外見上の変化を栄えさせるものではなく、
俗にいう「ウソ」と呼ばれる保身のために使用する人や、
それどころかその化粧を知ってるのに気付かないフリしてるも人さえいる。
守りたいものが多くなりすぎてしまった大人のために、
全てを洗い流すような化粧落としがあるとすれば、
それはいったいどんなものなんだろう。

女子サッカーの日本代表が決勝に進出した。
きっと決勝戦を終えた彼女達はキラキラと輝いてるんだろな。
勝敗とか関係なくそれはきっと揺るがない。
真剣勝負で走り回った後は誰だって「すっぴん」だ。

誰もがむき出しで、飾ろうとせず、
ありのままを吐き出せるようになれればいいのにな。
こんだけWEBとか進化してる。もう準備は整ってるんじゃないだろうか。
誰かやってくれよ、頼むから。

じゃなきゃやっちゃうぞ?